大学を卒業して、仕事では後輩ができてキャリアアップもして。
気づけば周りの友達はドンドン結婚して子供もできてきて。
周りは変わって行っているのに自分はというと「あれ、何やってるんだろ?私、これでいいのかな?」と30歳を目前に控え、モヤモヤしたアラサー女子はいませんか?
私がまさにそんな感じでした。
そんな私が30歳目前でなぜギリホリに行くことになったのかのお話をしようかなと思います。※ギリホリとは期限である30歳直前にギリギリでワーキングホリデーに行く事を指します。
全4章!
私の人生が目まぐるしく変わったのは2013年28歳になる年でした。
すべてがこの時を待っていたかのように本当に色んな事が起こりました。
ちょっと長くなりますが、全て1年くらいの間に起こったお話です。
第1章
それまでの私
大学4回生の時に、ワーキングホリデー制度の存在を知り、行ってみたいなと思うものの、ろくに調べることもなく、無難に就職。
割と大きい社会福祉法人が運営する知的障害のある方々の生活を支援する施設に入職。
やりたい仕事だったし、色んな先輩方に助けてもらいながら色々とやりたい事もやらせてもらってきました。
十分にやりがいも感じながら。
4年目の時に、日々変わらなく見える仕事に飽きを感じ初め、視野を広げたいと異動希望を出すものの叶わず。
5年目に作業班のチーフにもなり、キャリアアップを感じながらも、大きい法人だったこともあり、出世の順番を待ってたら遅すぎる!と思い退職を決意。
退職を決めるか決めないかの頃に行った研修先でたまたまヘッドハンティングされ、運良く転職活動日ゼロ日で転職先が決まる。
私生活では、社会人になってからは旅行・ファッション・ライブとやりたい事三昧の日々。
26歳の時に、2年弱お付き合いしていた人と「このまま結婚するのかな?」なんて考えたこともありました。
しかし結局その人とお別れする事になり、それからは一層国内旅行に拍車がかかり、年10回くらいは国内旅行に出かけていました。
周りが結婚して、母になっていくことは身近に感じながらも、自分はまだまだかな~と楽天的に考える時がほとんどでした。
26歳で別れた時、「30までに結婚は無理やな」と思い、「30歳」が区切りだと考えている自分に気づきました。
なんだ、その30歳の見えないライン!!
そう思いながらも無意識に焦りはあったと思います。
周りに取り巻いていた「30歳までに結婚して当然」みたいな風潮。
そして「自分はきっと取り残される」という感覚。
その、誰に与えられているのかわからない、自分で作りあげたプレッシャーの外壁をベリベリと剥がしていく感覚にこの2013年は包まれます。
おもしろいくらいにコロコロ転がってく私の人生
転機1:弟の結婚
年明け早々、2つ年下の弟が結婚を決めました。
しかも奥さんになる彼女のお腹にはもう赤ちゃんがいました。しかも双子♡
「弟より先に結婚できなかった。」というショックよりも正直「ホッとした」が大きかったのを覚えています。
うちは2人姉弟。
姉の私はもうすぐ28歳になるのに実家にいて彼氏もいないで遊んでばっかり。
そんな私に両親は全く何も言いませんでした。
思っていたかもしれませんが、言いません。
なんで何も言わないのだろうと思うほど、なーんにも言わない。
何も言わないことに逆にプレッシャーだった私。
なんか言ってよ!のあまり母に自分から話を振ったこともあります。
母は「そんな事いってもしゃーないやろ。結婚はあんただけの問題じゃない。相手のある話なんやから。」とあっけらかん。
そうなんですけど。
こっちは色々不安に思ってるのになーって感じでした。
自分にふがいなさを感じていたんだろうなと今では思います。
しっかりしないといけないのにしっかりしていない自分だったんだと思います。
それと「30までに結婚しないといけない」謎のルールに勝手に縛られていました。
そして早く結婚しないことが格好悪いと思っていたんだと思います。
そんな時に弟が結婚して子どももできる!
とりあえず親には孫ができる!
と思ってホッとしました。
↑自分、これ気にしてたんや、ってこの時気づいた。
「子どもは早く生んで親を安心させないといけない」
囚われていた謎のルール2。
弟の結婚のおかげで変なプレッシャーが少しなくなったおねーちゃんでした。
転機2:父娘
うちの家は亭主関白っていう感じで、父が働いて、家の事は母がやる。
決定権は全て父。
そんな家庭でした。
中学ぐらいからそんな父が好きではありませんでした。
嫌いではない、けど怒る時だけ怒られて、優しくしてもらったり、何か買ってもらったり、父と出かけたことはありません。
家族旅行に連れて行ってもらったりはありましたが、「父にしてもらっている」と感じることはほとんどなかったです。
高校になればさらに距離が開き、大学生になれば家にいる時間も減って、、、家に一緒にいても話すこともないし、という関係。
私は父に嫌われているんだと思っていたこともあります。
そんな父が、弟の結婚が決まってすぐに私との距離を詰めてきました。
「歌でも歌いにいくか」
父は歌うことが大好きで、よくスナックに行って歌っていることは知っていました。
そこに誘われた?んです。誘われたというか、NOの選択肢はないような聞き方だった気もするけど。
でもまぁ行くことになって。
正直、どうしたらいいかわからなかった。
何を喋ったらいいんやろう、とか。
そして、当日。
父の行きつけのスナック。
初めて一緒にお酒を飲む。
そこにあったのはスナックのママにとても誇らしげに私の話をする父の姿でした。
ママから聞く父の話、ママを介してする父娘の会話。
そして知った、「ただただ愛されている」という事。
「こんな自分でも愛してくれる1番のサポーターが2人もいる。こんな私でも1番の自慢の娘なんだ。こんな自分でいいんだ。」と思った瞬間。
私はとっても父に似ています。
性格が。
自己主張かなり激しめ。
愛情表現下手め。
本当に不器用な父娘。
父から変わろうとしてくれて、ずっとモヤモヤしていた関係が晴れて行きました。
それまで家族との繋がりを特別に考えたりしたことはなかったけれど、この2つの出来事が私にとって家族とはを考えさせてくれるきっかけになりました。